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数理視覚科学により初めて可能になった 錯視成分の特定と錯視量のコントロール |
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東京大学 新井仁之 | ||||||||
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ここでは錯視成分と錯視量のコントロールについて少し詳しく解説します.新井・新井は『かざぐるまフレームレット』という数学的な道具と『幾何学的フィルタリング』という新しい方法を考案しました.それを用いてさまざまな幾何学的錯視,たとえば文字列傾斜錯視,カフェウォール錯視,渦巻き錯視,双曲型錯視などの錯視成分の特定し,その強さを制御することにより,錯視量(つまり視覚の錯覚の量)をコントロールすることに成功しました.単純かざぐるまフレームレットによる幾何的フィルタリングは,大脳皮質V4野における視覚情報処理と関連があるのではないかと考えています. | ||||||||
このような錯視成分の特定をし,錯視量をコントロールすることは,単なる計算による錯覚学の研究ではなく,筆者によって創始された数理視覚科学という,視覚や錯覚を新しい数学で研究する分野により,世界で初めて可能になったものです. | ||||||||
1.文字列傾斜錯視の錯視量のコントロール | ||||||||
まずは文字列傾斜錯視を用いて錯視量のコントロールについてお話しします. | ||||||||
はじめに錯視量をコントロールした結果をご覧いただきましょう.. | ||||||||
下の図で上から下にいくにつれて文字列傾斜錯視の錯視量が減少していくことがわかると思います. | ||||||||
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文字列傾斜錯視の錯視量のコントロール(新井・新井) | ||||||||
さて,どうしてこのようなことができるのでしょう.新井・新井のアイデアは次のようなものです. | ||||||||
私たちは,本や文書を読んでいても,文字列が傾いて見えることはめったにありません.ところが文字列傾斜錯視では文字列は傾いて見えます.その理由は,通常の傾いて見えない文字列を見ているときと,文字列傾斜錯視を見ているときとでは,脳内の視覚に関連するニューロンの反応は異なっていることが推測されます. | ||||||||
もしも文字列傾斜錯視を見ている際に,錯視に関連して起こる脳内のニューロンの反応を抑えることができれば,錯覚は起きなくなることが考えられます.新井・新井はこのことをコンピュータ上で行うことに成功しました.詳しく言うと次のようなことです.かざぐるまフレームレットというニューロンによる情報処理の数理モデルをコンピュータに実装します.コンピュータに文字列傾斜錯視を入力し,数理モデルにおけるニューロンに対応するもののうち錯視に関連するものを特定し,その反応を抑えます.そうすると,コンピュータは,計算機は錯視画像を見ても錯視を起こさなくなります(比喩的な表現です).そしてこの画像からは,錯視を起こすニューロンが反応する成分(これを錯視成分という)が除外されているので,人がその出力画像を見ても錯視を知覚することはないのです. | ||||||||
2.ほかにもできる錯視量のコントロール | ||||||||
このような錯視量のコントロールは,フラクタル螺旋錯視でも可能です.フラクタル螺旋錯視は,すでに「エントランス」でご説明したように,次の図は黒い島のようなものが渦巻いて配列されているように見えます.しかしそれは錯視で,実際は黒い島は同心円状に配列されています. | ||||||||
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フラクタル螺旋錯視 (新井・新井 2007) | ||||||||
私たちの考案した単純かざぐるまフレームレットを使ってコンピュータにより画像を分解し,錯視を発生させていると考えられる部分を除去してみます.すると次のような結果が得られました. | ||||||||
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錯視の除去 ©新井仁之・新井しのぶ, 2010. | ||||||||
錯視が消失しました! フラクタル螺旋錯視と似たような図ですが,こちらは島が同心円状に配列されていることがわかると思います. | ||||||||
フラクタル螺旋錯視を単純かざぐるまフレームレットで分解したときに発見したのですが,フラクタル螺旋錯視には,反時計まわりの渦巻き錯視が起こっているのにもかかわらず,時計回りの渦巻き成分も含まれていたのです. | ||||||||
これは一体どういうことでしょう. | ||||||||
私たちは次のような仮説を考えてみました.フラクタル螺旋錯視には反時計周りの錯視を打ち消そうとする時計回りの錯視成分も含まれているが,その成分が弱く,結局反時計回りの錯視が起こってしまうのではないか. | ||||||||
この仮説の真偽を見るために,反時計回りの成分を残し,時計回りの成分のみを抜いてみました.すると次のような結果が得られました. | ||||||||
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錯視の強化 ©新井仁之・新井しのぶ 2010 | ||||||||
私たちはさらに,双曲型錯視でも錯視成分の除去などもしてみました.下の図の双曲型錯視は,北岡明佳先生のカメのデザインを用いて作った双曲型錯視で,水平・垂直及び対角の軸が反時計回りにずれて見えるというものです.詳しくは「双曲型錯視」のコーナーをご覧ください. | ||||||||
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北岡氏のカメの錯視を使った双曲型錯視(新井・新井) ©Hitoshi Arai and Shinobu Arai 2010 | ||||||||
単純かざぐるまフレームレットと幾何的フィルタリングにより,錯視を起こすと考えられる成分のうち,水平・垂直軸がずれて見える錯視成分を除去してみると,次のようになりました. | ||||||||
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カメの双曲型錯視の水平・垂直錯視成分の除去(新井・新井) ©Hitoshi Arai and Shinobu Arai 2010 | ||||||||
水平・垂直の軸のずれはなくなりましたが,対角軸は依然としてすれているように見えます. | ||||||||
単純かざぐるまフレームレットと幾何的フィルタリングにより,対角軸がずれて見える錯視成分を除去してみましょう. | ||||||||
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カメの双曲型錯視の対角錯視成分の除去(新井・新井) ©Hitoshi Arai and Shinobu Arai 2010 | ||||||||
今度は対角軸のずれはなくなりましたが,水平・垂直軸のずれの錯視は残っています. | ||||||||
最後にすべての方向の錯視を除いてみましょう | ||||||||
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カメの双曲型錯視の対角錯視成分の除去(新井・新井) ©Hitoshi Arai and Shinobu Arai 2010 | ||||||||
このように数理視覚科学による錯覚の研究により,これまでできなかったような錯視の新しい解析を可能にできるようになりました.これは数理視覚科学の研究の大きな可能性を示す一つの成果であるといえます. | ||||||||
以上の結果は筆者の次の論文で得られたものです.詳細は下記の論文をご覧ください. | ||||||||
[1] Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Framelet analysis of some geometrical illusions, Japan J. Indust. Appl. Math. 27 (2010), pp.23-46. (pdfファイルダウンロード可) | ||||||||
[2] 新井仁之,視覚と錯覚の数理科学,「越境する数学」(西浦廉政編著,岩波書店,2013)に所収. | ||||||||
[3] 新井仁之,新井しのぶ,視覚の数理モデルと錯視図形の構造解析,心理学評論,55 (2012), 309-333. | ||||||||
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