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    WEB講義  数理視覚科学による錯視講座 <1>
       
         
同じ色なのに違って見える錯視のおはなし
    -色知覚の数理モデルと錯視-     
         
     
          早稲田大学教授 新井仁之
             

                 
   同じ色なのに違って見える!  
   どうして違う色に見えるの?  
   この色を見せるには,どのような色を使えば良いの?  
     
   こんな色に関する目の錯覚に悩んだことはありませんか。  
   一般に目の錯覚のことを錯視と言います。じつは一口に色に関する錯視といっても,いくつかの種類があります。今回は同じ色なのに違って見える錯視のうち,色の対比錯視についての最近の新井・新井の数理モデル研究と特許技術についてお話しします。  
     
     
  1. 客のクレームから始まった本格的研究  
     
   色の同時対比錯視の本格的な研究は,客のクレームから始まったと言えるのです。   
   話は今から190年近くも前にさかのぼります。フランスの化学者ミシェル=ウジェーヌ・シュブルールという人が,国立ゴブラン製作所の染色ディレクターに就任しました。しかし,ディレクターになってみると,いろいろな難題が舞い込んできたそうです。あるとき顧客からゴブラン織の染色に使う染料について苦情が寄せられてきました。要するに希望している色と異なるものになっているというのです。  
   これについてシュブルールは調査・研究し,結局,色の対比という目の錯覚であることが判明しました。  
  参考文献:シュブルール『色彩の調和と配色のすべて』(1883年,佐藤邦夫訳,青娥書房) 
     
   さて,色の同時対比錯視というのは,どういうものでしょう。  
   これにもいろいろあるのですが,ここではその一例をご覧頂きましょう。  
   
色の対比錯視(輝度の場合)
  図1. 色の対比錯視  
     
   上の画像を真正面から,少しの間,見てください。   
   大きな正方形の中に,小さな正方形がありますが,小さい正方形の色が違うように見えませんか?  
    しかし,じつは小さい正方形の色はどちらも同じです。違って見えるのは目の錯覚,いわゆる錯視です。  
   もう一つ,色の対比錯視の例をご覧ください。  
     
色の対比錯視
  図2.色の対比錯視.  
     
   この錯視の見方も図1と同じです。上の画像を真正面から,少しの間,見ていてください。  
   図2でも,大きな正方形の中にある小さい方の正方形が,左と右で異なった色に見えませんか?しかし,じつは同じ色なのです。  
   ただし図1と図2は少し異なったタイプになっています。図1はある意味で色味が同じで,輝度が異なっています。一方,図2は輝度が同じで,色味が異なっています。つまり,図1はじつは輝度の対比,図2は色の対比といえるでしょう。  
     
   ここで次のような問題が生じます。  
     
  なぜ私たちの視覚はこのような錯覚を起こしてしまうのか。  
     
  その説明としてしばしば聴くのが,「脳の中のニューロンによる情報処理の結果」というものです。  
   しかし,それってどういうことでしょう。それにニューロンが具体的にどのような処理を行うのでしょう。  
     
   そこで,先端的な数学を駆使した数理視覚科学の出番です。  
   数理視覚科学では,次のようにこの問題を解析します。  
     
     
  2. コンピュータが色の錯視を起こす!?
     
   まず,新井・新井は脳内の色に関する脳内の視覚情報処理の数理モデルを工夫して作りました。  
   これにより,色の対比錯視のコンピュータ・シミュレーションを行いました。これにより,色の対比錯視のコンピュータ・シミュレーションを行いました。  
   すると,比喩的に言えば,脳内の色知覚の情報処理の数理モデルを実装したコンピュータが「私たち」と同様に色の錯覚を起こしたのです。  
   ここで,「私たち」と書いたのは,色知覚には個人差があるからです。新井・新井の数理モデルでは,個人差を表すパラメータがあり,今回は新井・新井の色知覚にパラメータを調節しました。  
   その結果は次のものです。  
     
  色知覚の逆問題  
  図3. 図1の対比錯視のシミュレーション結果  
     
   図3は,図1の小さい正方形がどのように知覚されているかのシミュレーションです。(2) が本当の色,(1) が図1の左側の正方形の知覚した色のシミュレーション,(3) が図1の右側の正方形の知覚した色のシミュレーションです。  
   ただし,このシミュレーション結果に対して,見る人はまたさらに錯視を起こしているので,少し注意が必要です。また,ご覧になっているパソコンの画面の色合いも影響していることがあります。(なお,図3の正方形の境界では,いわゆるシュブルール錯視も現れていますが,これについては別の機会に論じます。)  
   次に図2の方のシミュレーション結果を示しましょう。  
     
  色の逆算  
  図4. 図2の対比錯視のシミュレーション結果  
     
  図4では,(2) が本当の色,(1) がピンクの背景に囲まれたときに知覚した色のシミュレーション,(3) がブルーの背景に囲まれたときに知覚した色のシミュレーションです。(ただしこの図を見るときは,図3を見るときと同様の注意が必要です。)  
     
     
  3. 色知覚の逆問題とは何か?  
     
   さて,色の錯視について,次のような産業上の重要な問題があります。それは  
     
   『知覚された色が,希望した色になるようにするためには,もともとどういう色を出しておけば良いのだろうか?』  
     
  というものです。つまり言い換えれば  
     
   『顧客が求める色を出すには,どのような色を使えば良いだろうか?』  
     
  ということです。筆者はこの問題を  
  色知覚の逆問題  
  と呼んでいます。  
     
     
  4. 色知覚の逆問題と視知覚の数理モデル 
     
   この逆問題を解くために,脳内の視覚情報処理の数理モデルを使って,逆の情報処理を行いました。ただしこの逆問題は,偏微分方程式論で研究されている逆問題とは違うものです。しかし,かざぐるまフレームレット(新井・新井)を用いて、この問題を解く際に現れる困難な点をある場合は解消しました。その結果を一つ示します。  
     
     
  色の対比錯視の逆算  
   
   上段のひつじは灰色に見えますが,実際にはそれぞれ下段の色です。  
   上段のひつじのような色に見せたいならば,実際には何色を使えばよいかを視知覚の数理モデルを用いて数学的に求めた結果が下段の色です。  
     
   なおこれらの方法は,この問題にだけ使えるような単なるアドホックな現象論的な計算による錯覚の研究によるものではありません。新井・新井の視知覚の新しい数理モデルによるもので,これにより,脳の関連領野に関係するさまざまな錯視のシミュレーションも統一的に行うことができます。さらに,知覚心理学のいくつかの問題を数理視覚科学的な方法で研究することも可能になりました。このほか,新しい画像処理技術の開発もできました。  
   

 
  以上の技術については,特許(発明者:新井仁之・新井しのぶ;特許権者:JST,出願 2012-2103)が2014年に査定登録されています。  
     

     
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